今月の一枚

2008年9月 セミ・スポーツⅠ型 / ラッキー・アナスチグマート75mmF3.5

折り畳んだ状態。

背面から。

ラッキー・アナスチグマート75mmF3.5レンズ。

修理依頼時の状態。

外装革をはがした状態。この後下地を修復して、きれいにした革を貼り直す。

シャッターの分解清掃。

作例1 Lucky1 1/300秒(実測は1/60秒程度) F11 フジ160Sプロ

作例2 Lucky2 1/300秒 F11 フジ160Sプロ (撮影は廣木義人)

 

解説

国産引伸機といえば藤本写真工業のラッキー引伸機のお世話になった方は少なくないのではないでしょうか?かくいう私も高校時代にお小遣いを貯めて購入した引伸機が、ラッキー90M-S型です。6x9cm判からハーフサイズまで1台で対応できるという多機能機で、角形傾斜支柱を採用した操作性に優れた引伸機でした。そればかりか販売開始から30年以上にわたって生産が続けられ、最近販売終了となってしまいましたが、大ベストセラー機であったわけです。もちろん今でも手元で問題なく使用できる状態です。

そもそも藤本写真工業は1913年(大正2年)創業され、藤本写真工業株式会社となったのは1966年(昭和41年)のことです。1935年(昭和10年)より写真引伸機の製造を開始、現在では世界的に数少ない引伸機メーカーのひとつです。2007年(平成19年)末に株式会社ケンコーの傘下に入りましたが、企業としては現役でありますから創業75年というわけです。

その名門藤本写真工業が第二次世界大戦前に販売した6×4.5cm判(セミ判)の蛇腹折り畳み式のスプリングカメラが、今回ご紹介するセミ・スポーツⅠ型です。国産カメラ図鑑によれば1941年(昭和16年)に販売されたそうです。ピント合わせは目測式で、レンズの前玉を回転させる方式です。レンズはラッキー・アナスチグマート75mmF3.5という名前で3枚構成ですが、レンズがかしめてありトリプレットかテッサーか判別できません。別名のラアク・レグリート75mmF4.5付きの廉価版もあったようです。ラッキーは今でも藤本写真工業の商標ですね。

シャッターはラピデックス(Rapidex)という名前で、これもたぶん国産でしょう。最高速度は1/300秒まで目盛られています。使いやすい点はシャッターレリースがボディシャッターになっていることで、しかし左手でシャッターボタンを押すことになります。

フィルム送りは赤窓式ですが、赤窓の遮光蓋がスプリングで自動的に閉まるようになっていて、赤窓からの漏光がしにくい構造になっています。ブローニー判(120判)フィルム上に16枚撮影が可能です。

このようにセミイコンタのコピータイプのカメラですが、各部の構造はしっかりと造られていて、当時の国産カメラの中でも品質は優れたものの一つであったと思います。なおこのセミ・スポーツⅠ型以前に、セミ・プリンス(Semi Prince)というほぼ同型のカメラもあり、そちらは1935年頃に販売されたそうです。

今回おじいさまのカメラを直して欲しいと言うことで修理をお受けしたわけですが、お預かりした状態は写真のように「ボロボロ」の状態でした。しかし外装革をはがして下地の金属の錆を落として再塗装し、各部を清掃し、機構部は分解整備、痛んだ蛇腹は新品に交換、レンズは分解清掃してピント位置の再調整を行うなど徹底した整備を行った結果、通常のオーバーホール料金の3倍程度かかりましたが、写真のように十分撮影に使用できるレベルに回復させることができました。

感心したのは撮影結果のすばらしさです。現在の高感度フィルムを使用すると絞り込まれるので良好な撮影結果を得られやすいのですが、それにても画面再周辺部までぴっちりとピントがあった写真は現在も通用するレベルにあります。コーティングされていないレンズですが、カラーでも素直な発色だと言えるのではないでしょうか。

最近、戦前の国産カメラの修理依頼が増えています。今から60年以上も前の貴重なカメラですので、これからも修理の努力を続けたいと思います。