今月の一枚

2012年12月 ロール・テナックス ダゴール

ロール・テナックス ダゴール75mmF6.8/100mmF6.8

こちらはもっとも小型のベスト判(4x6.5cm)。ダゴール75mmF6.8レンズ付き。

こちらはもっとも小型のベスト判(4×6.5cm)。ダゴール75mmF6.8レンズ付き。

ピント合わせは、ベッド部にある歯車状のリングを回す。なかなか凝った機構である。

ピント合わせは、ベッド部にある歯車状のリングを回す。なかなか凝った機構である。

ベスト判モデルを折り畳んだところ。全金属製ボディを覆う革にGoerzとTenaxの刻印が見える。

ベスト判モデルを折り畳んだところ。全金属製ボディを覆う革にGoerzとTenaxの刻印が見える。

シャッターはダイアルセット・コンパーで、当時最高級のもの。ダゴール75mmF6.8レンズ。

シャッターはダイアルセット・コンパーで、当時最高級のもの。ダゴール75mmF6.8レンズ。

ダゴール100mmF6.8レンズ。

ダゴール100mmF6.8レンズ。

6x9cm判モデルの背面から。

6x9cm判モデルの背面から。

6x9cm判モデルのフィルム室。

6x9cm判モデルのフィルム室。

作例1 ダゴール75mmF6.8 撮影は早田清 MACOカラー200

作例1 ダゴール75mmF6.8 撮影は早田清 MACOカラー200

作例2 ダゴール75mmF6.8 撮影は早田清 MACOカラー200

作例2 ダゴール75mmF6.8 撮影は早田清 MACOカラー200

作例3 ダゴール75mmF6.8 撮影は早田清 MACOカラー200

作例3 ダゴール75mmF6.8 撮影は早田清 MACOカラー200

作例4 ダゴール100mmF6.8 F11 1/200 フジS160プロ

作例4 ダゴール100mmF6.8 F11 1/200 フジS160プロ

解説

ここ数年EbayやWestlichtなど海外のオークションサイトで落札されるカメラやレンズの価格動向を見ていると、ある狭い範囲のレンズやそのレンズが装着されたカメラの価格が高騰していることに気がつきます。たとえばライカのMマウント大口径レンズの人気は非常に高く価格が高騰していますが、それは50mm以下の標準から広角系レンズであって(もちろんその中でも個々のレンズで変動していますが)、望遠系レンズはまったく不人気であるとか、メーヤーのプラズマートは昔から高かったですが最近さらに高騰している、その余波でメーヤーのプリモプランなどにも人気が出ているとかです。そうした中で最近ゲルツのダゴールの人気が急上昇中だと良く耳にします。

よく知られているようにC.P.ゲルツ(C.P.Goerz)社は1886年ドイツの首都ベルリンでカール・パウル・ゲルツ(Carl Paul Goerz)が創業しました。その前にゲルツはラーテナウ(Rathenow)にあったエミール・ブッシュ(Emil Busch)のドイツ事務所で働いていたといい、当初は数学機器の通信販売事業をしていましたが、数ヶ月後にカメラ販売を始めたところ事業が急速に拡大したそうです。カメラ製造を開始するのは1888年頃からです。ゲルツは写真家のオットマー・アンシュッツ(Ottomar Anschutz)から新しいシャッターの知識を得て、共同で新型カメラの開発を行い、その結果登場したのが世界で初めてフォーカルプレーン式シャッターを搭載した、画期的なゲルツ・アンシュッツ・モーメント(Goerz-Anschutz-Monent)カメラで1890年のことでした。1894年にはゲルツ・アンシュッツ・クラップ(Klapp)カメラに発展、1896年にはより有名なアンゴー(Ango=AnschutzとGoerzの頭文字から)カメラが登場します。

しかしカメラとほぼ当時に開始したレンズ製造は、さらに大きな成功をとげたのです。数学者のエミール・フォン・フォーク(Emil von Hoegh)が入社し有名なダゴール(Dagor)レンズを開発、その高性能さが軍事関係を中心に注目を集めました。そして事業の主力はレンズ製造事業になっていくのです。さらにゲルツ社は1908年頃まだ乾板が主流の時代にロールフィルム製造事業を開始し、この事業も順調に発展していきます。そして今回ご紹介するロール・テナックスカメラを開発したときには、「テナックス・フィルム」を同時に発売しています。

このようにしてゲルツ社は規模を拡大し、第一次世界大戦時には7,000名もの従業員を雇用していたといいますから、ドイツ最大級のカメラ・レンズ・フィルムメーカーであったわけです。しかし第一次戦後は経営が困難な状態に陥り、ポールの死後1926年にレンズのライバルメーカーであったカール・ツァイス社の手によって救済され、4社合同の中の一社としてツァイス・イコン社となったのです。なおゲルツは米国法人Goerz American Optoical Co.を1905年に設立していますが、こちらは本体がなくなった後も活動を続け、1972年にシュナイダー社に買収されたが設立100年を過ぎた現在も事業を継続しているといいます。なおオーストリアのウィーンにもゲルツ社というメーカーがあって、1950年代にミニコード(Minicord)という有名な16mmフィルムを使用する小型二眼レフカメラを製造しましたが、これは別の会社です。

テナックス(Tenax)はゲルツ社の折り畳み式カメラのシリーズで、1908年頃から様々なタイプのカメラが製造されています。ロールフィルム専用のカメラは最初ロールフィルム(Rollfilm)・テナックスといって、8×10.5cmと8x14cm判のモデルがありましたが、1921年頃に全面的に改良されたロール・テナックスになりました。ベスト判フィルムを使用して4×6.5cmサイズの写真を撮影するものから、8x14cm判というポストカードサイズを撮影する大きなものまで数種類がラインアップされていました。レンズはテナスチグマート(Tenastigmat)、ドグマー(Dogmar)、そしてダゴールといういずれもゲルツ社製のものが装着されています。1925年頃にはルクサス(Luxus)という豪華仕様も登場し、金属パーツは金メッキ、外装革と蛇腹はワインレッド、緑、青といった仕上げがなされていました。現在ドグマー付きは7~8万円、ダゴール付きですと20万円前後と比較的高価です。

今回の作例はダゴール75mmF6.8とダゴール100mmF6.8で撮影したものです。100mmのほうは蛇腹からの漏光が発生してしまっていますが、いずれの写真もコントラストが高くシャープで、その上発色がたいへん綺麗です。ダゴールというレンズが100年を過ぎた現代においても、作品作りに通用する素晴らしい性能を持ったレンズであることがよくわかります。そして現在世界的にダゴールレンズが人気となっていることも、容易に理解できるものです。

弊社ではロール・テナックスやダゴールレンズのメンテナンスをお受けいたしております。カメラやレンズの状態に問題があるようでしたら、どうぞ遠慮なくご相談ください。