今月の一枚

2013年9月 コンタレックス・プロフェッショナル / ディスタゴン35mmF4

コンタレックス・プロフェッショナル / ディスタゴン35mmF4 Contarex Professional / Distagon 35mmF4

背面から。

シャッターダイアル、巻き上げレバー、シャッターボタンは同軸に配置されている。

底部にある2つのキーをまわして、裏蓋を取り外す。左側のキーはR位置にするとスプロケット解除。

コンタレックスのマウント部。マウント内側の回転リングで、レンズの絞りを制御する。

フィルム室。マガジンが使用できるため、巻き取りスプール軸は取り外せる。

今委託をお受けしているプラナー55mmF1.4レンズ付きのコンタレックス・プロフェッショナル。

作例1 大提灯 F4 1/125

作例2 いつものビル 
F4 1/250

作例3 伝法院通り 
F5.6 1/125

作例4 白浪五人男 F4 1/125

作例5 浅草寺境内
F4 1/125

作例6 外国人観光客
F5.6 1/250

フィルムはすべてコダックPROPHOTO XL100

解説

戦前世界のカメラ産業をリードしていたドイツのカメラメーカーの中で、ツァイス・イコン社は最大規模を誇っていました。戦後も引き続きその高品質かつ多様な製品群は高い評価を受けていましたが、その後カメラ界を席巻することになる35mm判フォーカルプレーンシャッター式一眼レフへの参入は、世界的にみてかなり遅いものでした。それはツァイス・イコン社に限らず、エルンスト・ライツ社など西ドイツのカメラメーカー全般に言えることです。ツァイス・イコン社について言えば、1953年に発売を開始した35mm判レンズシャッター式一眼レフカメラ、コンタフレックスのシリーズが大成功を収めて100万台を超える数を販売していました。しかしプロ用カメラを中心として35mm判フォーカルプレーンシャッター式一眼レフカメラが、カメラ界の中心となりつつあり、東独や日本からの製品が市場をおさえつつありました。そうした状況の中でツァイス・イコン社が開発した35mm判フォーカルプレーン式シャッターカメラが、コンタレックスのシリーズです。レックスとは「王」という意味ですから、ツァイス・イコン社がこの新しいレンズ交換式システム一眼レフカメラにかけた意気込みがわかります。

コンタレックスの試作機は1958年のフォトキナに初登場し、翌1959年にコンタレックスⅠ型が様々な交換レンズやアクセサリへと一緒に発売開始されました。コンタレックスⅠ型の外観は大柄で、そのぴかぴかしたメッキの質感のためか、非常に豪華に立派に見えます。またボディだけで約910gとたいへんに重いカメラです。最大の特徴としてペンタプリズム部に外公式セレン光電池露出計を備えており、これが絞りやシャッターと連動するようになっていました。これは世界初の機構です。また受光部の特徴ある外観のため、欧米では矢の的の意味で「ブルズアイ」と呼ばれています。布幕横走り式のフォーカルプレーン式シャッターは1秒から1/1,000秒まで、巻き上げは1作動ですが小刻み巻き上げができます。ペンタプリズムは固定されていて視野率は92%、スクリーンは中央にスプリットイメージ、その外周にマット、さらに外側は素通しでフレンネルレンズが備わっていて明るい視野を確保しています。スクリーンは後期型では交換できるようになりました。反射ミラーはクイックリターン式ですが、絞り機構が独特で、シャッターを切ると絞られたままとなり、巻き上げをすると絞り開放になります。また絞りの操作はボディ側にあり、右手の人差し指でコントロールできるようになっています。フィルムカウンターは手動式で、これは交換式フィルムマガジンを使用可能としたためだと推測できますが、最後のSEまで絞り機構共々変わりませんでした。交換レンズはビオゴン21mmF4.5、ディスタゴン35mmF4、プラナー50mmF2、ゾナー85mmF2、ゾナー135mmF4、ゾナー250mmF4が用意されました。ビオゴン21mmF4はコンタックス用のレンズと構成が同じで、ミラーアップして使用する必要がありました。レンズはこの後明るいレンズなどバリエーションが増えていきます。

1960年には、ブルズアイからメーター機構をなくし、ペンタプリズム部を交換式としてウエストレベルファインダーも使用でき、スクリーンも交換可能としたコンタレックス・スペシャルが発売されました。このモデルは科学技術用とされ、製造台数は2,000台程度という稀少なカメラです。1966年には大幅に外観デザインをモダンにし、かつ機構的にも改良を加えたコンタレックス・プロフェッショナルを発売しました。これが今回ご紹介したカメラです。プロフェッショナルはスペシャルの後継という位置づけで、メーターがないなどの基本的なスペックはほぼ同じですが、ペンタプリズムは固定式に戻りました。ファインダースクリーンはマウント開口部から交換する方式となり、スクリーンは10種類以上用意されていました。このカメラは重さも約825gと、プルズアイから約100g軽くなっています。販売は芳しくなかったようで、このカメラは1,500台ほどしか売れなかったと言われています。

1968年、ついにTTL露出機構を内蔵した決定版コンタレックスS(スーパー)か登場します。ハーフミラーとなった反射ミラーを通した光を、ミラー背面にある小型ミラーでミラーボックス底部に置かれた露出計受光部に導くという方式で、ファインダー中央部の部分測光(スポット測光?)になっています。もちろんシャッター速度や絞り値に連動します。このカメラはミラーアップしないため、ビオゴン21mmF4.5は使えませんが、当時はディスタゴン25mmF2.8、18mmF4などミラーアップ不要の超広角レンズが登場していたので不自由はありません。このスーパーにはメータースイッチがボディ前部の絞りダイアルの反対側にある前期型と、巻き上げレバー操作と連動するようになった後期型があります。

1970年たいへんユニークなカメラが登場します。コンタレックス・プロフェッショナルのボディをベースとして、当時世界一の超広角レンズであったカール・ツァイス社のホロゴン15mmF8レンズを固定装着した、ホロゴン・ウルトラワイドです。専用ファインダーがボディ上部に固定されていました。またピント合わせは不要で、固定焦点により約30cmから無限遠までピントがあいます。このカメラはフィルムマガジンなどを共用することができました。

同じ1970年にはコンタレックスSE(スーパー・エレクトロニック)か登場します。シャッター制御機構を、それまでの機械式から電子制御式に変更したモデルです。そしてこれがコンタレックスシリーズの最終機となりました。駆動電源は単五電池2本で、これはペンタプリズム部後方に収納されます。またテレセンサーを装着すると絞り優先式AEが可能になりました。またモータードイラブユニットなども用意され、一歩進んだ自動カメラになっていました。しかしツァイス・イコン社がカメラ製造から撤退することとなり、1974年に生産販売が終了しました。コンタレックスシリーズの総生産台数は約55,000台とのことです。

さて一般的な日本人には手に余る大きさと重さを持つと言える豪華なコンタレックスですが、このカメラの最大の魅力はその交換レンズあると思います。カール・ツァイス社が威信をかけて設計・製造したというレンズ群は、特にF値の暗いレンズの描写があまりに凄いことでレンズマニアにはよく知られています。今回ご紹介したディスタゴン35mmF4は、1959年のコンタレックス登場時から存在するレンズですが、絞り開放から四隅まで針で突いたようにシャープな描写で、まったく隙のないその緻密の極致のような描写には感動するしかありません。プラナー50mmF2、ゾナー135mmF4なども同様で、ともかくこのレンズを使いたくて、常時携帯するにはややつらいコンタレックスを使ったものです。今ではライカMマウンド用のアダプターが登場し、そのためこの精密描写のレンズ群は世界的に高騰しています。そんなに数があるものではないため、今後はますます入手しにくくなるのではないでしょうか。

なお弊社では、コンタレックスSEをのぞく全コンタレックスボディと、コンタレックス用カール・ツァイスレンズの整備が可能です。どうぞ遠慮なくご相談ください。