平成19年(2007年)元日、箱根から富士山を撮影したのですが、今回使用した機材がライカM2にDRズミクロン50mmF2でしたので、今年はライカのレンズを多めに取り上げてみようかと考えています。振り返ると今月の一枚にライカのレンズが過去一度も登場していないというのも、なにか不思議ではあります。まあライカは放っておいても話題になるので、無意識のうちにあえてとりあげなくてもという気持ちになってしまうからでしょうか(笑)。
さて今月の一枚初登場のライカのレンズは、DRズミクロン50mmF2です。ズミクロン50mmF2レンズは、エルンスト・ライツ社のF2級標準レンズの3代目にあたるレンズです。1953年にライカⅢF時代に登場した時には、沈胴式でライカ・スクリューマウント(Lマウント)でしたが、翌年にはライカM3の登場と同時にMマウント仕様が発売されました。さらに1956年には固定鏡胴となり、携帯性は劣りますが、沈胴の引き出し不十分によるピント不良の発生という問題は解決されました。
固定鏡胴化されたズミクロン50mmをさらに改良し、48cmまで距離計連動で撮影が可能となる近接用ファインダーアタッチメント(眼鏡と呼ばれることが多い)を装着できるようになったレンズが、このDRズミクロン50mmF2です。これも1956年に登場しています。DRはDual Rangeの略で、そのほかに近接用ズミクロン、ヌーキー付きズミクロンとも言われることもあります。
このレンズは単体では通常のズミクロン同様、無限遠から1mまでの撮影が可能です。この時には特に使用上の注意点はありません。近接撮影に切り替える場合、1mの位置から近接撮影目盛り側へ、ヘリコイドをずらしてから眼鏡を装着します。眼鏡はこの位置でないと着脱できない機構になっています。さらに近接撮影方向にヘリコイドを回すと、眼鏡はもうはずれなくなり、最短48cmまで近接撮影できるのです。非常に凝った機構と、その各部の精度の良さはさすがライツというべきもので、本当に感心します。
そもそもズミクロンは登場したときから完璧という言葉がふさわしいレンズで、性能も品質もそれまでのライカ標準レンズのなかで最高と言われました。ズミタール50mmF2レンズの変形ガウス型4群7枚の構成を元に、第一群と第二群の貼り合わせ面を分離して空気レンズという新方式を採用、さらにランタン系の新種ガラスをふんだんに投入、画期的な高性能レンズを登場させたのです。 昭和34年4月号のアサヒカメラで、ズミクロン50mmF2の性能テストが行われていますが、絞り開放F2での中心解像線数は測定限界のミリ280本を越え、その時画面平均でミリ151本、また絞りF5.6では中心部250本平均111本というすばらしい結果でした。この数値は50mmF2級レンズとしてその後何十年も塗り替えられることがありませんでした。
以後改良されて登場するズミクロンも、解像力テストでは初代のズミクロンを越えることがついにできなかったといいます。なお、ライツ社の当時の公式見解では、この初代ズミクロン50mmF2は絞りF4で最良の描写性能が得られると言うことです。 今でも程度がよくきちんと整備されたズミクロン50mmF2レンズの写りは鮮明の極みです。また微妙な階調もきわめて良く再現し、どのような条件下でも撮影結果は安定確実です。その中でもDRズミクロンは、近接用アタッチメントレンズとの互換性を確保するためと推測していますが、特別に選別されたものと言われています。当然DRズミクロンレンズの描写は本当にすばらしいもので、ぜひ手元に置いて作品製作に活かしたいものです。フィルター径はE39で、フードはIROOA/12571が装着できます。DRズミクロンは1968年まで約55,000本製造されています。
さて、このレンズの整備ですが、長年メンテナンスを受けていないレンズは、レンズ内部が多かれ少なかれ曇っている場合がほとんどです。ところが内部のコーティングが柔らかいため、熟練した技術者がレンズを処置しないと、簡単に拭き傷がついてしまいます。実際弊社にメンテナンスの依頼があるレンズで、拭き傷があるものは少なくないのが現状です。ですから、素人が分解したりすることは絶対に避けてください。ヘリコイドの動作が渋い時にはオーバーホール時のグリス入れ替えで調子が良くなることが多いですが、落下などの衝撃による鏡胴の歪みが原因の場合はヘリコイドの摺り合わせ等が必要となり、高額の修理となってしまいます。
重修理としては、レンズ表面の傷がひどい場合に、再研磨・再コーティングを行うことができます。ただし前玉は比較的容易ですが、後玉は難度が高く、費用も高額です。研磨後はレンズのピント位置調整が欠かせません。
レンズのピントが良くないという相談を受けてレンズを調べると、前玉が本来のレンズではない物に交換されてしまっているケースがありました。一見きれいな状態ですが、当然これでは本当のズミクロンではありません。こうしたレンズをつかまされることがないように注意しなければなりません。信頼できる販売店での購入、信頼できる修理店での処置が必要になるわけです。
なお作例で使用したレンズは、私にとって4本目のDRズミクロンですが、これはICS中古カメラ市で見つけたもので、本体のみでしたが価格はなんと7,850円でした。外観はきれいでしたが、レンズは全面が曇った状態、後玉表面は腐食していました。撮影には使用できる状態ではなかったので、購入時にはヘリコイドを部品として使う予定でした。しかしレンズを分解清掃したら驚くほどきれいな状態になったので、後玉を山崎光学写真レンズ研究所で再研磨・再コーティングし、再組み立て後ピント位置の調整を早田が行いました。それで撮影したものが今回の作例です。精密な修理で、本来の性能を取り戻すことができたのです。
ただし、このような状態の良くないレンズは必ずしも整備後に本来の性能を取り戻すとは限らないため、やはり入手にあたっては状態の良いレンズを選ぶようにしてください。弊社でのオーバーホール料金は36,00円(税別、以下同)、前玉レンズの再研磨・再コーティングとピント位置調整は18,000円、他の修理は要見積もり(眼鏡の分解清掃、再調整を含む)です。最良の状態で素晴らしい写りを満喫してください。