今月の一枚

2012年7月 トヨカ横二眼(トヨカフレックス35)

専用キャップ。

ボティ上部から。トヨカフレックス35の刻印に注目。

背面。

底部。

ボディ内部の様子。

専用革ケース。

作例1 ほおづき市1

作例2 ほおづき市2

作例3 ほおづき市3

作例4 四万六千日1

作例5 四万六千日2

 

解説

今月は一見するとステレオカメラのように見える、とてもユニークな国産カメラであるトヨカフレックス35(呼び方については後述)を取り上げることにしました。トヨカフレックス35は、世界唯一のライカ判横二眼レフとして、カメラコレクターにはたいへんよく知られたカメラです。

トヨカフレックス35の写真を一目見ればわかるとおり、レンズがステレオカメラのように横方向に2つ並んでいます。正面右側がウエストレベル式ビューファインダー用レンズ、左側は撮影レンズです。この形態の二眼レフを「横二眼」といい、超小型カメラとして有名なスイス製のテッシナなどが知られていますが、35mm判の横二眼レフは世界でこのトヨカフレックス35だけです。

横長のボディはダイカスト製で、たいへんしっかりしています。ヒンジ式の裏蓋を右側に開くと、異様に長いフィルムレールが目をひきます。撮影枠は右側に配置されているので、フィルムの最後が1コマ分くらい撮影できず無駄になってしまうのですが、これは構造上仕方がありません。シャッターはNKS(日本光測機)製で、1秒から1/200秒までとバルブ、セルフタイマー付きです。シンクロ接点はXとFが備わっています。巻き上げはノブ式ですが、二重露出防止機構が備わっていて、巻き上げないと次のシャッターが切れないようになっているのは親切です。しかし意図的に二重露出を行いたい場合には、シャッターユニットの後端右に独立したシャッターレリースノブがあって、シャッターをチャージしてからこのノブを押せばフィルムを送らずに何度でもシャッターを切ることができるようになっています。なおセルフコッキングではないので、撮影のたびにシャッターはチャージする必要があります。

撮影レンズはオウラ(Owla)アナスチグマット45mmF3.5で、レンズ構成は3群3枚です。最小絞りはF16。絞り開放では中心部のピントはよいものの周辺部が甘いのですが、F8くらいまで絞ると十分シャープです。かつてクラシックカメラの写真展を開催した時、大全紙まで伸ばしたことがあります。

ビューファインダーのレンズも同じ名前とスペックですが、ピントグラスの位置にあわせるため、後退して取り付けられています。撮影レンズとビューレンズは直結されていて、撮影レンズ基部のヘリコイドを回すと、両者が一緒に前後します。この個体はアメリカに輸出されたもののようで、ヘリコイドの目盛りはフィートだけで、最短撮影距離は2.5feet(約76cm)となっています。ヘリコイドの作動はなめらかです。

ピントグラスはいわゆる砂ズリのガラス面で、大型のピントルーペを通してみるとかなり像が拡大して見えることもあり、ピント面は暗いがピントの山はわかりやすいです。ピント面には構図の助けとなるように十字線が刻まれており、また周辺部まで明るく見えるようにガラス製のコンデンサレンズが入っています。ピントフードは跳ね上げ式となっています。直視式の透視ファインダーが撮影レンズのほぼ上に配置されていて、一度ピントを合わせたらこの透視ファインダーで被写体を追うことができるようになっています。

特異な形態からおもちゃのようなカメラを想像してしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、以上のようにこのトヨカフレックス35はカメラ好きにも十分に満足を与えられるクオリティを持った良品だと思います。

発売当時の価格はボディが\10,000ちょうど、革ケースが\1,000でした。革ケースも意外としっかりしたもので、すでに50年以上たっているのに十分機能を果たす品質を持っています。発売元の東郷堂は、第二次世界大戦前はメイスピィ(28x40mm判)、メイカイ(3x4cm判)という横二眼レフを製造していました。それらの最終型として戦後登場したのが、35mmフィルムを使用するこのトヨカフレックス35なのでした。

さてこのカメラで一番困ったのは、その呼び名です。トヨカフレックス35と書いてきましたが、カメラ正面の銘板には英文字でTOYOCA”35″と書かれています。ではトヨカ35ではいけないのかといいますと、当時のカメラ雑誌の東郷堂の広告にはトヨカ35とトヨカ”35″と書かれたものの両方が存在しています。このカメラの革ケースの押し文字はToyca35です。ところが東郷堂はその後1957年にトヨカ35という名前で、一般的な形態の連動距離計式レンズシャッターカメラを発売しているから面倒になってしまったのでした。そのトヨカ35とこの世界的珍品カメラは区別しなければなりません。さらになんとこのトヨカ”35″のボティ上部には、TOYOCAFLEX”35″というマークが入っているからさらにややっこしくなっています。そもそもトヨカフレックスという名前は東郷堂が発売していた6x6cm判二眼レフカメラに使われていた名前なのです。このカメラも二眼レフカメラではありますから、トヨカフレックスで間違いとは言えないわけですが、フォーマットを区別するために”35″がついているとしても、同じカメラのボティにトヨカ”35″とトヨカフレックス35の二つの名前があるのは困ったものです。カメラ店やコレクターの間ではトヨカ35Aと呼ばれることもあるようですが、トヨカ横二眼と言う人も多く、たしかにこの通称なら間違えることはないでしょう。さらにこのトヨカ”35″には名前だけ異なる機種の存在が知られていて、私もHULDA”35″をみたことがありますし、HACO”35″もあるそうです。Toyoca”35″の字体にも何種類かあるそうです。

そもそもライカ判の二眼レフは珍品揃いです。今月の一枚で過去にとりあげたツァイス・イコンのコンタフレックス(「だるま」)のほかに、ボルシーC、フレキシレッテ/オプチマフレックス(アグファの名前違いはまとめてしまう)、ラッキーフレックス、サモカフレックス、ヤルーフレックスとこのトヨカフレックス35だけです。カメラコレクションの一分野として考えると種類が少なく集めやすそうな分野なのですがアグファ系以外はいずれも相当な珍品である上に、アイレスの前身ヤルー光学が製造したヤルーフレックスは現存数数十台といわれ、世界第一級のコレクションを目指しても最後のヤルーが手に入らず、ほとんどの人は挫折するといいます。

なお、弊社では以上のすべてのカメラの整備が可能です。ご用命をお待ちいたしております。

作例写真 フジSG400 f11 1/300