今月の一枚

2019年3月 グラフィック35ジェット

2019年3月 グラフィック35ジェット 鏡胴左の下向きレバーがシャッターレリーズレバー

2019年3月 グラフィック35ジェット

一眼式ファインダーの接眼部

2019年3月 グラフィック35ジェット

カメラの上側から距離指標、シッャター速度、絞り、撮影コマ数、ASA感度設定すべてが見えるようになっている

2019年3月 グラフィック35ジェット

裏蓋開閉キーのすぐ右上がガス圧を抜く弁

2019年3月 グラフィック35ジェット

巻き戻しクランクが底部にあるため、パトローネの巻き戻し軸をつかむようになっている

2019年3月 グラフィック35ジェット

炭酸ガスボンベを挿入しているところ

2019年3月 グラフィック35ジェット

分解したところ

2019年3月 グラフィック35ジェット

F2 1/125

2019年3月 グラフィック35ジェット

F11 1/125

2019年3月 グラフィック35ジェット

F11 1/125

2019年3月 グラフィック35ジェット

F5.6 1/125

2019年3月 グラフィック35ジェット

F11 1/125

 

★作例写真 フィルムはフジ業務用フィルム(ISO100)

今回ご紹介するグラフィック35ジェット(Graphic35 Jet)は、世界で唯一、炭酸ガスボンベを内蔵し炭酸ガス圧を利用してフィルム巻き上げとシャッターチャージを行う機構を備えたカメラです。販売はアメリカのグラフレックス(Graflex)社ですが、カメラの製造は日本の興和光機が行っています。コーワのコンパクトカメラについては、アナログ誌(音元出版)59号(2018年春号)でいろいろご紹介していますが、このグラフィック35ジェットと同型のカメラは日本国内では販売されませんでした。

スピードグラフィックなどの大判カメラで世界的に有名な米国のカメラメーカーだったグラフレックス社は、第二次世界大戦後35mm判カメラの普及に対応するため、1951年頃から同じ米国のシロ(CIRO)社が製造したシロ35を自社の販売チャンネルにのせました。1955年からはグラフィック35というカメラを製造販売していますが、ベースとなったのはシロ35で上下像合致式の距離計などの機構をそのまま受け継いでいます。グラフィック35にはブッシュボタン・フォーカスという新機構が搭載されていて、それはレンズ鏡胴の両側に配置されたシーソー式に動く横長のフォーカスボタンを、左右の手の指で押すことでピント合わせを行うというものです。実際に使ってみると微妙なピント合わせがやや難しいのですが、ヘリコイドを回す操作に比べて迅速なピント合わせが可能です。このグラフィック35はグラフレックス社が米国で製造した最後の35mm判カメラになりました。

1959年に登場したグラフィック35エレクトリック(Grafic35 Electric))は、ドイツのイロカ社が製造したイロカ・エレクトリック(Iloca Erectric)と同じもので、OEM販売したものです。そして1961~62年頃にかけて販売したのが、グラフィック35ジェットです。

このカメラはコーワが製造しましたが、その外観デザインや操作部の配置などは国内販売されたコーワのコンパクトカメラとはだいぶ異なっていて、アメリカのカメラの雰囲気を濃厚に感じます。特徴的な操作機能としてはグラフィック35のプッシュボタン・フォーカス機構による二重像合致式の連動距離計機構を搭載しています。

最大の特徴はやはり炭酸ガスボンベの内蔵で、これは現在も炭酸飲料を自宅で生成できるソーダサイフォンという装置が販売されていますが、それに使用する炭酸ガスボンベを流用したものです。したがって炭酸ガスボンベは現在も入手可能で、カメラが正常に動作すれば炭酸ガス圧でのフィルム巻き上げが可能です。今回このカメラの整備をお受けし、カメラの基本機能は整備できましたが、炭酸ガスを扱う部分の機密性が損なわれていて、当初は炭酸ガスでの巻き上げはできませんでした。しかし幸いに修理に使用できる機密部品(Oリング)を探し出すことができ、これにより見事に炭酸ガスでの巻き上げができるようになりました。実際に撮影に使用してみると、シャッターレリーズレバーでシャッターを切り、そのままガスチャージしてレバーを離すとフィルム巻き上げは一瞬で行われます。まさに「ジェット」の感覚です。ゼンマイやモーターによる巻き上げはるかに速いと感じました。

ただし操作は意外と複雑です。ガス圧が下がるとフィルム巻き上げができなくなりますが、その場合には巻き上げレバーで撮影を継続できます。しかしガスボンベを交換するためにはガス圧を0にする必要があり(ガスが残っていると炭酸ガスボンベ室の蓋を開けられない)、ガスを抜くためのバルブを開放にして数分ガスが抜けるのを待たなければなりません。新しいガスボンベを入れる前には、バルブを閉める必要があります。

こうした操作が面倒だったり、炭酸ガスボンベの入手が面倒と考える層向けでしょうか、炭酸ガスボンベ機構を廃止したモデルも製造販売されました。

なおレンズはオプター50mmF2という大口径のレンズが搭載されていて、その写りは作例の通りとても良好です。セレン光電池露出計も内蔵されていて、アメリカの35mm判コンパクトカメラとしては最高級のランクのものでした。

なお本機の修理ですが、撮影機能についての整備は問題ありません。しかしガス圧によるフィルム送り機構については、内部機構の損耗の状態によっては修理不能の場合もあります。分解してみないとわからないので、その点はあらかじめご了承ください。