今月の一枚

2005年1月 ズノー ズノー50mmF1.8

作例1 浅草寺 F8 1/250 フジG100

作例2 早田 F4 1/125 フジG100

ズノーのパンフレット。

修理の様子。

 

解説

2005年はおめでたくズノーでスタートすることにいたしました。

ズノーは数ある国産一眼レフカメラの中でも特別な位置を占めるカメラです。カメラボディと交換レンズに完全自動絞り機構を世界で初めて組み込んだカメラとして、カメラ史上に永遠に名前が残る歴史的なカメラです。この自動絞り機構は、反射ミラーのクイックリターン式動作にも完全に連動しています。 またシャッターは一軸不回転式である上に、全速中間シャッターが使用可能で、巻き上げレバーによるスムーズな巻き上げ、巻き戻しクランクによる迅速な巻き戻しが可能と、使い勝手もたいへん良いカメラです。 そしてもうひとつ、その端正なデザインは今見ても非常に魅力的ではないでしょうか。

そもそもズノー光学の前身帝國光学研究所は戦前レンズ製造からスタートしています。戦後間もない1953年、帝國光学研究所はライカマウント用のズノー50mmF1.1を発売、当時世界一の明るさを誇ったレンズとして非常に有名です。このレンズは1955年には改良されて2型となりますが、1型も2型も現在たいへんに高価です。そのほか8mmムービーカメラ用交換レンズなど、ズノーレンズの性能は今も高い評価を受けています。ズノーカメラにも、当時としては画期的な大口径レンズであるズノー58mmF1.2や50mmF1.8、広角レンズとしてズノー35mmF2.8、望遠レンズとしてズノー100mmF2が用意され、その後も200mmや400mm、マクロ50mmF4.5などの発売が予定されていました。

ズノーは1958年(昭和33年)8月に発売開始されましたが、製造品質がカメラの性能においつかず故障が多発、その多くは返品されたそうです。そして翌1959年には製造が中止されてしまいました。生産台数はたったの500台未満、その多くは返品されて廃棄ということで、現存数が極端に少ないため特殊モデルではない一眼レフとしては、世界最高価格帯にあります。滅多に市場に現れない上に、価格はカメラとしては驚くほど高価ですから、第一級の限られたコレクターしか手にすることができないカメラなのです。その点もコレクターには大きな魅力になっています。

さて、そのようなカメラですから、実際に動作し写真が撮れるズノーはさらに数少ないと考えて間違いありません。今回ご覧に入れるのは、弊社会員よりご依頼があり、早田清がごく最近修理したズノーカメラと、それによって根本が撮影した作例です。 写真を見ておわかりいただけるように、ズノー50mmF1.8レンズは解像力の高さとボケの美しさが両立した素晴らしい描写です。私も欲しくなりました。

なお、修理費用は弊社でも最高価格帯です(20万円超)。また修理期間も数ヶ月必要です。いくつかの部品は作り直す必要があります。また修理後も、酷使はできないとお考え下さい。それでも写真が撮れるズノーを持つだけで、「私は世界的な一眼レフコレクターだ」と言い切れるのも事実でしょう。ズノーカメラおよびズノーレンズの修理のご相談は、遠慮なくお問い合わせください。