デュカティ・ソニョ(Ducati Sogno)は今月の一枚を開始して間もない2004年6月に、デュゴン(Dugon)19mmF6.3レンズ付きの姿と作例写真をご紹介しています。また写真工業誌2004年6月号「思い出のハーフカメラ」でもご紹介いたしました。今回は標準レンズでの作例をご紹介するとともに、カメラの歴史や付属品などもご紹介いたします。
デュカティは私がもっとも好きなカメラの一つで、常用しているフィルムカメラのひとつです。その超小型のボディに凝縮された精密感とライカ並みの高性能、そして無駄のない極度に洗練されたデザインの美しさは、イタリアの至宝と言うべきカメラです。それにライカに代表されるレンズ交換可能、連動距離計内蔵のフォーカルプレーンシャッターという方式で、ハーフ判のカメラは世界のカメラ史上でこのデュカティだけです。さらにアクセサリーが充実しており、特にその交換レンズ群の性能は抜群で、素晴らしい写真をコンスタントに撮影することができます。
デュカティ・ソニョは、その名前で気がつかれる方も多いようですが、現在は高級バイクメーカーとして著名なイタリアのDucati社(バイク関係ではドゥカティと表記されています)が、戦後間もない1945年から販売した高級カメラです。そもそもデュカティ社は1926年に電子部品製造会社として創立されました。最初の製品はコンデンサで、その後ラジオ受信機や蓄音機、世界初の電気カミソリ(1937)などのヒット商品を出し、第二次世界大戦が始まる1941年には従業員数が7,000名という大企業に成長していたそうです。1939年には光学部門を新設、当時同盟国であったドイツのカール・ツァイス社のライセンスを受けた双眼鏡の製造や、この「マイクロカメラDucati」の開発が開始されています。戦争中は軍需工場となっていましたが、終戦後の1945年には事業を再開、1953年には光学部門は閉鎖、Ducati Electrotechnic社とDucati Mechanics社とに分割され、後者はモーターバイクで成功を収めて世界的に有名となり現在に至っています。
デュカティには2つのモデルがあります。一つは今回ご紹介する、広角19mmから望遠120mmまで8本の交換レンズを駆使できる高級機ソニョ (Sogno)。ソニョとは「夢」という意味だそうで、文字通りデュカティは夢のカメラだったわけですね。もう一つは標準レンズのエタール(Etar)35mmF3.5がカメラボディに固定され、目測で使用するシンプレックス(Simplex)。シンプレックスは1950年頃の発売です。
ソニョはフォーカルプレーン・シャッターを採用した連動距離計内蔵カメラで、バルナックライカとハーフサイズという点を除けば機能的にはほぼ同じと言えるものです。ただしシャッターはライカの先幕、後幕2つのシャッター幕を個別に制御する方式ではなく、1枚のシャッター幕に開けられたスリットが走るだけで、シャッター速度は幕速だけで制御しています。ですから、高速特に1/500秒にセットするとシャッターチャージを兼ねた巻き上げはかなり重くなります。また1/20秒未満の低速はありません。ユニークなのは、シャッターをチャージするときにスリットがフィルム面を横切るため、そのままだと感光してしまうので遮光扉があります。遮光扉はシャッターボタンを押すと同時に開くようになっているのですが、その機構を巧みにシャッターロックに利用しています。標準レンズのビトールは沈胴できるのですが、沈胴時にはレンズ後端が遮光扉を押さえるため、シャッターボタンが押せなくなるのです。
シャッターボタンはボディ前面の左手側にあり、フィルム巻き上げも左手側の巻き上げノブで行います。つまりデュカティは左手で主に操作するようになっているのです。海の向こうではエキザクタやエクトラなど左手操作が主体のカメラはいくつもあり、デュカティもその代表作の一つです。フィルム巻き上げと同時にシャッター・チャージも行われます。巻き上げノブと右手側の巻き戻しノブは形状が同じで、全体として対称形を基本とし、曲線と直線の使い方が巧みで眺め飽きることのないデザインです。巻き上げノブはコマ数計を兼ねる設計となっていて、専用パトローネで約15駒撮影できます。撮影後は、巻き上げノブを引き上げると巻き戻しができます。裏蓋のロックは底にあって、裏蓋は全体を引き抜く方式となっており、フィルムの装填は容易です。
ソニョのファインダーは、距離計と標準レンズ用のファインダーが別々になったいわゆる二眼式です。レンズに完全に連動する距離計は二重像分離式で、視度補正機構が内蔵され非常に鮮明に見えるのですが、それは光学系にプリズムを多用した設計となっているからです。視度調整は、シャッターダイアルの下のレバーで行えます。ファインダーには撮影後は赤色のフィルムがかぶり、巻き上げが完了していないことを教えてくれるのは親切で、こんな機構はライカにもありません。 ソニュのサイズは実測で高さ54mm幅96mm奥行き25mm、標準レンズのビトール35mmF3.5を沈胴させた時には奥行き33mm、引き出した時には45mmです(いずれも無限遠時)。その小ささはマイクロカメラという呼び方にふさわしいものですが、重量は本体のみで324g、ビトール35mmF3.5を装着すると396gで、手に持つとその重量感に驚かされるのではないでしょうか。
ソニョには19mm~120mmまで、8種類の交換レンズが用意されていました。レンズはすべてコーティングされています。どのレンズも開放から高解像力で、ハーフサイズというフォーマットの弱点を感じさせない見事な描写性能を持っています。レンズマウントは3本爪のバヨネット式で、マウントの左側にロック解除ボタンがあります。その着脱操作は簡単で、とてもなめらかです。このバヨネット方式のマウントは、ライカMマウントより約10年も先行していることになります。なおマウントのフランジバックは21.4mmです。
ボディ内蔵のファインダーは標準レンズ用で、交換レンズ用に外付けファインダーが用意されていました。外付けファインダーはフレーム式で、19mmと28mmレンズ兼用の広角用、60mmと120mm兼用の望遠用が用意されていました。フレーム部分は携帯に便利なように折りたためます。
レンズフードはどれも金属製で、ビトール系は小さな円筒形、ルクストールやエルトールは先端が四角い立派なもの。望遠系レンズ用はラッパ型や円筒形のフードです。フィルターはUVとモノクロ用の着色が各種用意され、クローズアップレンズもありました。フードもフィルターも、鏡胴先端外側のローレットネジに装着するようになっています。
レンズキャップは、レンズによって大きさが異なりますが、中央が盛り上がったひらべったいお饅頭型で、中央にDucatiの刻印が入っています。リアキャップは、底に3点の突起があるかぶせ式金属製で精密感があります。その他にソフトおよびハードカメラケース、現像タンク、三脚、接写台などの複写用機材、顕微鏡アダプター、フラッシュガン、プロジェクター、露出計算尺、さらには引き伸ばし機、フィルムビューワーなど、写真撮影に必要な機材がほぼ完全に揃えられていました。デュカティは壮大なシステムカメラとして企画され、世に送られたのです。本当に素晴らしいカメラです。
デュカティを撮影に使用する場合、専用パトローネに35mm判フィルムを巻き込むという一手間がかかりますが、これは日中装填フィルムローダーを使用することで容易です。また撮影後はごく普通に現像も同時プリントも現像所に依頼できますから、処理に難しさはありません。ただし現像を依頼する際には、パトローネを返してくれるように依頼することを忘れないようにしましょう。パトローネは高額な上に入手困難です。
弊社ではデュカティ・ソニョやシンプレックスのボディの分解整備や、交換レンズ群の分解整備が可能です。費用等についてはお問い合わせください。